居間の本棚(大)、棚№10。
「ちくま哲学の森3 悪の哲学」筑摩書房 1990年3月30日 初版 1,750円
古書で購入。アマゾンで、3桁の金額で買った。
「悪の哲学」をテーマとしたアンソロジーである。
今回は、収録作品名を一作ずつ記すことはしない。本書に収録されている作品で、「完全体」で入っているものは少ないからだ。ほとんどが、「作品の一部」で、いかにテーマでくくられたアンソロジーとはいえ、完全体で読みたい私にはあまり読み心地が良くなかった。
と、いうことは、買う前からわかっていたことである。だから、今まで買わなかったのである。でも、やけに安かったので、このほど買ってしまった。
どうせいつかは買うんだろうと思っていたので、特に後悔はない。
どうせいつかは買う、ということは、ばっちり目当ての作があったということである。
私の目当ては、ペーター・キュルテンの尋問調書だ。
ペーター・キュルテンとは、こういう人である。この記事が吸血鬼カテゴリに入っているのは、そういうわけなのだ。収録されている「尋問調書」はフィクションではなく、モノホンのキュルテンの供述を記録したものである。
ただ、本書を読めばわかるが、調書の中に、「吸血鬼」という文字はない。要するに、シリアルキラーの取り調べ書類、であって、吸血鬼の取り調べ書類ではないのだ。
私は、買う前からそれを知っていた。出たばかりのころに、どこかで立ち読みしたからだ。
「吸血鬼」の文字が無い以上、私にとって急いで買うべき本とは思われなかった。そして、キュルテンの調書のページ数が6ページ足らずであることも、それに拍車をかけた。
でも、あのペーター・吸血鬼・キュルテンの調書なのだから、いつかは所有しなければならないと、ずーーーっと思っていた。
キュルテンを吸血鬼と呼ぶのが正しいのかどうか、私は知らない。シリアルキラーかどうかということであれば、「そう呼ぶのが正しい」と言うほかない。
シリアルキラーに犯行をやめさせようとするのは、多分「改心させる」のではなく「洗脳する」ことになるのだろう。
善悪とか、モラルや、男の「欲求」にかかわることは、洗脳で塗り替え可能なものなんだろうか。
塗り替え不可だとすれば、シリアルキラーも吸血鬼も、「穏便にやめさせる方法はない」ということになる。


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