今日は、居間の文庫本棚の、最上段の右から二番目。
「ランボオの手紙」アルチュール・ランボウ 祖川孝訳 角川文庫 400円 平成5年7月20日発行 18版
私が持っている、数少ない詩関係の本。
ランボオって、ちょっと憧れる。
私が、ランボオについて、何より不思議に思うことは、20歳くらいでスパッと詩との縁を切っていることである。
彼にとって、文を綴ることは欲望じゃなかったのだろうか?
……なかったのかもしれないなあ。
なぜなら、何でか私は知っているのだが、欲望を含む行為というものは、縁を切ろうとして切れるものじゃあないからである。その行為をやめるときは、強制的にやめさせられるか、死ぬときか、どっちかだろう。
……しかし、あの文が欲望を含まぬものとは、私には思えない。
ランボオがペンを捨てることは、ゴッホが絵を描くのをやめ、ベートーベンが作曲することをやめるくらい異常なことと思うが、彼はそれを軽々とやってしまったように見える。
ま、真相は藪の中だ。もう彼に確かめることはできないのだから。
しかしねえ、詩を捨ててなった職業が砂漠を行き来する商人とは。色んなものに対して「定住できない人」だったのだろうか?
私は、よく本に折り目をつける人間で(本好きの皆さんごめんなさい)、何かしら心に触れたページを「ちょい」と折っておくのだが、この本が折られているのは、たったの1箇所である。
私が折り込んだのは、10ページ目だ。実はこのページに文は無い。
掲載されているのは、ランボオが自分の教科書に描いた落書きである。
帽子をかぶった人物の立ち姿で、なんか、「フランスっぽいねえ」みたいな空気を持っている。
なんで、このページを折ったのか、まったく思い出せない。しかし、初読時には、この落書きに何か思うものがあったのだろう。
ただのお手紙集なのに、文が実に音楽的。これは、原文がそうなのか、それとも訳者さんが詩的リズムを意識されたのか?(多分、前者だろうな)


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