居間の文庫本棚の、上段右から12番目。
「途中の家」エラリー・クイーン 青田勝訳 ハヤカワ文庫 1995年1月15日 10刷 620円
クイーンの、初期作品群から中期作品群へと移行する時期に書かれた力作である。
この作品は、何と言っても「被害者が、誰として殺されたのか分からない」というところが面白い。
「誰として」とは何じゃ、という方に説明すると、被害者のジョーは、密かに二重生活をしているお金持ち、という設定なのである。つまり、
①本当はイイとこの家の人で、奥さんも富豪である財産家。でも夫婦に愛は無い
②富豪の身分を隠し、地方まわりのセールスマンと偽り、金は無いが愛にあふれた女と小さな家で幸福な暮らし
この二本立てで人生を過ごしている。どうやら、心は②の方の生活を、より求めていたらしい。
そして、①と②の暮らしの中間点に、ごく小さな家を一軒もち、そこで気持ちだの、服装だのを切り替えて、①②を行き来していたのだが、その中間点で殺されてしまったのである。だから、「途中の家」なわけ。
「途中の家」で、どっちの人間でもないときに殺されたものだから、どっちの人間関係に起因した殺人なのか分からないのである(あるいは、どっちにも起因しないかもしれないし)。
①のジョーは、実は②のジョーでもあったのだ!というのが解決でなく、最初に提示される謎の一部であるところが、非常に面白いと私は思う。
そして、訳者:青田氏があとがきで書いているために有名なのだが、この作品の犯人は、最後に読者の前で、ヒロインとバッチリ会話するのである。
誰が犯人か分かった後に、ではなく、まだ読者が犯人の名前を知らされていないうちに「犯人」としてヒロインの前に現れ、「あなたに迷惑かけた、ごめんね」みたいなことを言うシーンがあるのだ。
つまり、ヒロインには「ああ、この人だったのか」と分かるが、読者にはヒロインの前にいるのが誰か分からないようにして、会話させるのである。
この趣向は、私は大いに気に入った。
クイーンは、このような犯人の直接描写というやつを、「Yの悲劇」でも行っている。「Y」の方では、犯人が窓からひょいっと入ってきて、目の見えない女の飲み物に、本人がいる前で堂々と毒物を入れ、女がそれを飲むのをじっと観察する有様を、名探偵がこっそり覗き見る、という状況を書いている。こういうことをするから、クイーンはいい!
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