日本の古典芸能5 茶・花・香

居間の本棚(中)、棚№2。

「日本の古典芸能5 茶・花・香」芸能史研究会 平凡社 昭和45年8月10日 初版 布装 函入 1200円

古書市で購入したと思う。「立石書房」という店から、1000円で買ったらしい。
本書は、日本に古くからある「お茶」「お花」「お香」というものについて、「伝統芸能」という観点から論じたものである。花の専門書でないので、それなりに薄くて浅い本かと思いきや、客観の視点があるので、むしろ花の本質的なことを指摘している部分もある。
花を研究したいと思う人は、ぜひ読むべきだと思う。しかし、ただ楽しく花を生けたい人には、そんなに必要な本ではない。

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先週、井上ひさし氏が亡くなったそうで。死因は肺がんとのこと。私が子供の頃に読んだ井上氏のエッセイに、「どんなに頑張ってもタバコがやめられないので、もう開き直って、死因は肺がんでいいと決めた」という文があった。本当にそうなるとは。
私は、小学生の頃から、井上エッセイを読み、小説では「ドン松五郎の生活」を小五くらいで読んでいる。
小五に「ドン松五郎」は難しすぎるのだが、犬が主人公の話と聞いて、浅はかにも手を出してしまった。
そしたら、難しかったねえ。「アナーキズム」なんて言葉を、私は「ドン」で初めて知ったのだ。
「ドン」は、現代風刺が面白いのだが、それが鋭すぎて、漱石の「猫」のように、「分からないながら、子供でも笑える」ものではなかった。部分的には、非常に難解であった。子供に難しすぎる「難解」な部分を、私はほとんど覚えていない。
しかし、面白いことには、子供の癖に、ストリップ劇場のシーンなんかを覚えているのだ(男の子なら分からないでもないが、私は女です)。おばちゃんストリッパーが、必死の若作りで舞台に出て、踏み込んできた警察に引っ張られてしまうのだが、店や仲間を守るためにわざわざ刑事を挑発し、自分だけ悪者になってつれていかれるのである。
それを見ていたドン松五郎(犬です)は、ストリッパーの飼っているプードルちゃんに、
「君のご主人は優しい人だ」
というと、プードルちゃんが、
「あたしのご主人は、盛りをすぎた姥桜。ああしないと、この世界では生きていけないの」
と答えるのだ。
小五少女が、何ゆえこんなことだけ記憶したのか、さっぱり分からない。「盛りをすぎた姥桜」なんて、意味分かっていたのだろうか。

井上氏は、私は特にファンとも言えないのだが、似たタイプがいない作家だと思っていた。そして、エンターテインメントを愛しておられたことに、親近感を持っていた。今夜は井上作品でも読むことにしよう。
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