居間の文庫本棚の、三段目・右から12番目。
「間違いの悲劇」エラリー・クイーン 飯城勇三訳 創元推理文庫 2006年1月31日 初版 640円
表題作は、エラリー・クイーンの、幻の未発表作品。ほかにショート・ショートも収録されている。
全収録作品は、
「動機」
「結婚記念日」
「オーストラリアから来たおじさん」
「トナカイの手がかり」
「三人の学生」
「仲間はずれ」
「正直な詐欺師」
「間違いの悲劇」
以上、8編。
7編はショート・ショートだが、「間違いの悲劇」は長編の梗概。
そう、「間違いの悲劇」は、クイーンの完成された作品ではない。長編として練り上げられるはずだった作品の梗概である。
だから、普通の小説として読める部分もあれば、メモ書きに近いようなところもある。
二人の人間の合作ペンネームであるエラリー・クイーンの創作は、大雑把に言うと、
①アイデア担当のダネイ氏が、着想を梗概にまとめ、執筆担当のリー氏に渡す
②それを読んだリー氏が、梗概に肉付けして小説にする
……という作業だったらしい。
飯城氏の訳によって世に出た「間違いの悲劇」は、上で言うと①の段階のものだ。つまり、リーの見解はほとんど含まれていないものである。ほとんど、というのは、ダネイが梗概作成の段階で、リーと意見交換し、リーの意向も取り入れた可能性が0ではないだろうと思うからだが、梗概の最後に添えられた、リー宛てのダネイの手紙(これも訳出されている。生まれて初めてこれを読んだとき、興奮でぞくぞくしたことを覚えている)を見ると、「どうも、完全にダネイ一人で作ったな」という空気が濃厚だ。
梗概である以上、これを小説として評価しようとするのはクイーンに申し訳ないだろう。もしかすると、これを読むこと自体が、クイーンに対して申し訳ないことなのかもしれない。彼らは、「作者として、未完成品を発表されたくない」と思っているだろうから。
ダネイという人は、不思議な人だ。
この人は、基本的に「悲劇」を生み出す力が優れている。「Yの悲劇」とか、「災厄の町」は、この人が生み出したから感動を呼ぶのである。
その証拠に、「間違いの悲劇」を読んでみたまえ。読後にずっしりとした目方のあるものが残るから(たかが梗概のくせに!)。リーは、よくもこれを受け止めて昇華させたものだ。
「間違いの悲劇」には、有栖川有栖のエッセイが一編収録されてる。この本のために書かれたものである。紹介されているクイーンがらみのエピソードが、非常に面白い。そんな話が本当にあったのかと、感心してしまった。
有栖川氏の文が、また良い。深く憧れるものを語るとき、人はこんな風に話すものだ。作家:有栖川と、読者:有栖川が、どちらもクイーンに憧れていることの証明のような文である。
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