居間の文庫本棚、上段35番目。
「災厄の町」ハヤカワ文庫 2014年12月15日 初版 1200円
新刊で購入。
「災厄」は、旧訳(青田訳のほう)を持っているので、本当は買わなくてもいいかと思っていたのだが、なんとなく勢いで買ってしまった。
勢いで買っただけなので、実はまだ読んでいない。近々読む予定もあまりない。そのうち、必要が生じてから読もうと思う。(追記:後日、読まねばならない状況が発生し、かなりしっかり読みました)
しかし、これから先、私は「災厄」を読みたいと思ったときに、どっちの訳を読むことになるのだろうか?
私が今まで何度でも読み返し、親しんできたのは青田訳のほうなので、「おなじみの青田訳のほう」につい手が出るようなことになっていくと、本書を買った意味があまり無いのだ。
まあ、せっかく買ったので、一度は読むと思うが、そこから先にどうなるかは分からない。(しつこく追記:すでに一度ならず読んでいます)
訳者あとがきに書いてあるように、本書と旧訳では、かなり大きな訳の違いがある。ローズマリー・ハイトが、旧約=妹から、新訳=姉になっているのだ。
訳者さんが、そっちのほうが自然だと思うなら、私はおかしいともなんとも思わない。
だって、姉として読もうが、妹として読もうが、ローズマリーの物語の中での役回りが変わるわけではないからだ。
私が、「新訳にはなじめないな」と思うことがあるとすれば、それは「ローズマリーが姉か妹か」ということではなく、登場人物の話し方のほうが原因になる可能性が高い。特に、パットの話し方には、そう思う可能性が高そうだ。
現在の感覚では、新訳のパットの話し方のほうが自然なのだろうが、私は長年「青田パット」と親しくさせていただいてきたので、急に言葉遣いが変わられると、別人のように感じて仲良くなれないかもしれないからだ。(さらなる追記:実際読んだら、パッとはそうでもなかった。エラリーにたまに「ん?」てなる)
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