居間の本だな(中)、棚№1。
「勅使河原蒼風」土屋恵一郎 河出書房新社 1992年6月20日 初版 カバ欠にて値段不明
古書で、1000円で購入。
これは、草月の流誌に一部連載されていたので、新刊で買う気になれなかったのだと思う。
内容は、勅使河原蒼風の評論である。「評伝」ではなく、評論だが、かなり一般女性(いけばなをやっている一般女性だろうが)を購入ターゲットにしているのか、踏み込みがやや浅い。蒼風氏のみに、それも氏の活動・功績にのみ注目した評論であれば、もっとディープな世界を期待したかったが、まあそこまでやってしまうと売れなくなるのかもしれない。
私は、以下のような箇所をマークしている。(最後の引用文の箇所に、私は「全くその通り!」と書き込んでいる)
イメージの修行へとはっきり転換したのである。
限られた可能性のなかでの選択の行為としてしか、「いけ花」というものはありえないのだ。もしこのことを無視してしまえば、その「花」は権力の庇護を受ける芸術ではありえても、社会の境界をこえて日常のなかに生きるものとはならなかったであろう。
蒼風がめざしたものは、この日常のなかでの芸術であった。
最上のいけ花は、人間の感情とそのシンボルが表される花との完全な統合である。
蒼風はけっして諭すことをいわない。彼の言葉は諭すのではなく、誘惑しているのである。
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