※処分箱行き
「ドイル傑作集(一)」コナン・ドイル 新潮文庫 平成9年9月20日 56刷 362円
アマゾンで、200円で購入。アマゾンのギフト券を使ったときに、半端があまったのを処理するために買ったと思う。
収録作品は、
「消えた臨急」
「甲虫採集家」
「時計だらけの男」
「漆器の箱」
「膚黒医師」
「ユダヤの胸牌」
「悪夢の部屋」
「五十年後」
以上、8編。目当ては、「時計だらけの男」だった。
この短編集は、ドイルのミステリではあるが、いずれもホームズものではない。私は、本書の作品は、ほとんど全部面白かった(「悪夢の部屋」だけは、出来が悪い作だと思うが、傑作選に入れていいのだろうか)。
この事実は、「ドイル・ミステリの面白さは、ホームズの探偵像の面白さに負うところが大きいのだ」という説が誤りであることの証のように思う。
この短編集は、特に「エラリー・クイーンの作とは、対極にあるもの」を厳選したような感じになっている。
本書の物語は、最後に、「真相を知っている人が、一方的にぺらぺらと説明して終わる」ものばかりなのだ。飯城勇三氏が言うところの、「犯人の物語」ばかりなのである。それも、「はい、ここから犯人の物語スタート!」というように、物語の視線がガラッと変わって「説明タ~イム!」に入っているのである。そして、説明の終わりが、即、物語の終わりなのである。
クイーンファンである私は、どっちかと言えば、このような「謎の真相を、最初から知っている人ががズラズラ説明して終わり」という物語には、飽き足らないものを感じることが多い。大好きなホームズものにだって、そういうものは感じるのである。私は、「緋色の研究」も「恐怖の谷」も「つまらないから嫌い」なのだ。
ところが、本書では、真相を知っている人が説明してくれることに、特に不満は感じなかった。(よく考えたら、知っているやつがすべてを説明できるのは当然のことであって、スリリングでも何でもないと言えば言える)
要するに、ドイルは「とにかく、何が起こったのかを知りたい」という心理に、読者を追い込んでいくのがうまいということなのだろうか。また、「説明人の登場で~す」という状況を、無理なく作るのがうまいということなのだろうか。
私は、本書では、「悪夢」の次につまらなかったのが、「漆器の箱」であった。しかしこれは、ドイルのせいというよりは、時代のせいなのかな、という気がする(21世紀に生きる人が読むと、あの結末は当たり前すぎて「そりゃそうだろう」と思う)。
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