文藝春秋 昭和2年9月号

書斎の本棚(大)。

「文藝春秋 昭和2年9月号」文藝春秋社 昭和2年9月1日 35銭

(文芸誌のカテゴリに入れたのは、ちょっとふさわしくなかったかも)
古書で購入。「扶桑書房」のペラが付いている。確か、目録買いしたと思う。発行当時35銭のものを、私は4000円で買ったようだ。まあ、妥当な値段でしょうな。

昭和2年当時の、文藝春秋の編集長は、菊池寛だ。いい編集者だなあ、菊池寛。
35銭というのは、当時の文藝春秋の、通常の値段ではない。通常は30銭のところ、本号は特別号につき、5銭高いのである。

昭和2年・菊池寛・文藝春秋の特別号、これだけのキーワードで、勘の良い人は分かるだろうが、この号は、芥川追悼号なのである。
内容は、「死」の影がちらつくような、芥川の文、書簡、絵、関係者の追悼文などだ。

昭和2年の雑誌であるから、当然のように旧かなで、私にはかなり読みにくかったが、買ったときにはすぐに読みきってしまった記憶がある。しかし、集中して呼んだ割りに、私は内容をほとんど覚えていない。
覚えているのは、菊池寛の文が悲しみに満ちていたこと、誰かの追悼文の中に、「芥川は天才ではなかった。天才的ですらなかった」という一節があったことである。(今、確かめてみたら、中戸川吉二の文だった)私は、芥川が、「天才的ですらない」ことがあろうかと思い、非常に驚いたのだ。

一箇所に付箋が付いている。野口功造氏(芥川と交流があった呉服屋さんらしい)の文の中に紹介されている、芥川が雑談に話した言葉「君一体小説なんか藝術ではないかも知れないよ」のところである。
私は、この言葉を漏らす芥川に、深く共感する。しかし、絶望する夜を越えられなかったことには、あまり共感はいたしかねる。

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