居間の文庫本棚の、上段右から18番目。
「フランス白粉の秘密」エラリー・クイーン 白石佑光訳 新潮文庫 昭和38年5月30日 初版 定価140円
元々は母の所有物であったが、私が盗んでいただいてしまった。元は、チャラ紙がカバーでかかっていたと思うが、私が乱暴に、しかも何度と無く読み返しているうちに取れてしまった。
いやあ、「フランス白粉」はすばらしい。無駄が無い。まったく無駄が無い。
しかも、それが「無駄が無さ過ぎてつまらない」にはならず、感動につながるところがすごい。
同じことは、「Xの悲劇」にも言える。「オランダ靴の謎」や「ローマ帽子の謎」や「ギリシア棺の謎」にも言える。
この時期のクイーンはすばらしい。すばらしいと言うより、いっそ「凄まじい」。
国名シリーズの頃のクイーンの面白さは、可能性を封じていく面白さであるように思う。
ミステリで、人気のあるジャンルに、「不可能犯罪」というものがある。
完全な密室だとか、状況的にあり得ない殺人方法を描くのがそれで、最初から「こんなの誰にもできるわけないだろ!」的なもので読者をビックリさせる手法である。あり得ないことが、最後にはきれいに解決されるので、読者の驚きと満足感は非常に大きい。
しかし、クイーンはそれではなく、むしろ逆なのだ。
「誰でもできるじゃないか、どうやって犯人を絞り込めばいいんだよ」みたいなのが、クイーンの得意技なのだ。
クイーンの謎は、最初はやたら間口が広いように見える。間口が広いのに平凡でないのは、「不可能犯罪」でこそないが「説明のつかない謎」がかならず付いているからであり、おまけに演出がうまいせいだ。
演出のうまさは、「フランス白粉」で言うと、収納ベッド(この作品の執筆当時では、えらく進歩的な収納家具だったろう)の実演販売のさなかに、壁からベッドが出てくるのと一緒に死体まで転がり出るショッキングな出だしである。
「説明のつかない謎」とは、被害者の女性が出入りした部屋に、明らかに偽装の煙草の吸殻があることや、その部屋にあるはずの物がなくなり、無いはずの物があることなどである。説明のつかない謎を、クイーンは最初からたたみかける。読者に、ありきたりの犯罪ではないこと知らせるためである。
捜査が進むにつれ、最初は広かった間口が、厳しく狭められていくことに、読者は気づくだろう。
この線じゃないのか、こいつが犯人じゃないのか、あのトリックのバリエーションじゃないのか、とか、ミステリマニアは考えながら読むものだが、マニア読者が開けようとする可能性の扉を、クイーンはバシバシと封じていく。気づいたときには、もう何も指摘するネタが無くなり、マニア読者は呆然とする。
たまに、マニアの中でも筋金入りにマニアが「へへっ。ここに穴があるぜ。この勝負もらった!」と勝ち名乗りをあげようとすると、最後の最後にその扉がドーーーンと閉まって「読者への挑戦」がたたきつけられる。
これがクイーン読みの醍醐味である。
もっとも深い謎は、解決の寸前に完成する。それがもっとも美しく完成した作品の一つが「フランス白粉」である。クイーンは、出だしと結末だけ読んだって駄目だぞ。宝石の磨きぬかれる過程を楽しむべきだ。
「フランス白粉」は宝石であると、エラリー・クイーン・ファンクラブの会員№364の私が保証しよう。
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