草月流 《非公式》 用語辞典

いけばな草月流の、非公式な専門用語辞典です。(草月に限らず、他のいけばな流派に共通するものも含みます)

勅使河原 宏(てしがはら ひろし)

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映画監督。陶芸家。草月流三代目家元。
東京生まれ。父親は、勅使河原蒼風。妹は勅使河原霞。四代目家元(現家元):勅使河原茜氏の父。妻は女優の小林トシ子。

東京芸大を卒業し、自分の映画プロダクションを立ち上げ、映画監督となる。「砂の女」で、一躍有名監督となった。
しかし、後に資金的な問題などもあり、映画を作れずに越前で陶芸家活動などをしているうちに、初代家元の父、二代目家元の妹が相次いで亡くなり、まったく想定外であった三代目家元を継ぐこととなった。(さぞかし、荷が重かったろう)

家元に就任する以前から、草月の流内誌の編集をつとめたり、特別枠で草月展に出品するなど、草月流と無縁ではなかった。また、美術界と父:蒼風をつなぐパイプ役となった功績は非常に大きく、草月流がハイレベルの外部講師を抱えることができたのは、一重に宏氏の力と言っても過言ではない。

家元になってからは、教科書制いけばな学習カリキュラムの作成、剣山無しの技法の確立、竹による巨大ないけばなインスタレーション作品の創作、連花の提唱など、独自の個性ある道を開いた。

好き嫌いがはっきりした人で、特定の器などを一度嫌いになると、二度とその器を手近に置かせないような一面があったという。
陶芸や、竹作品にのめりこんだのも、素材そのものに惹かれて、好きの一念のなせるわざであったように見受けられる。

ワインが好きで、ゴルフが好きで、プロ野球は阪神が好きだった。
意欲のある創作家が好きで、興奮するような芸術が好きで、おしゃれも好きだった。
お酒は、全体的に強かったらしい。また、実は腕っぷしも強かったらしい(妹の霞氏にからんできた酔っ払いを、ぶっ飛ばしたことがあるらしい)。相撲で人に負けたことがないと豪語していたそうで、画家の岡本太郎氏と家の中で相撲を取り(外でやればいいのに)、二人とも真剣になってしまって、畳を破く熱戦だったという逸話がある。

家元としては、たまにとっぴなことを言い出すので(剣山無しをやろう、などと普通のいけばな家は言わない)、「あまり妙なことを思いつかないで欲しいものだ」と思っていた人も絶対に周囲や事務方にいたと思うのだが、人柄に不思議な魅力のあった人で、愛されて信頼された家元であった。(途中からいけばな界に来た人であることを考えると、ほとんど奇跡である)

2001年に、白血病で亡くなったときには、草月会館で泣き崩れた人もいた。
晩年には、再び映画監督業を再開しており、亡くなったときにも、構想中の作品(勝新主演を考えていた、という噂である)があったという。

【参考】公式サイト勅使河原宏.COM

【勅使河原宏 監督作品】
・「北斎」
・「十二人の冩真家
・「いけばな」
・「東京1958」
・「ホゼー・トレス」
・「おとし穴」
・「砂の女」
・「白い朝」
・「ホゼー・トレス Part II」
・「他人の顔」
・「爆走」
・「燃えつきた地図」
・「1日240時間」
・[テレビ映画] われらの主役
・[テレビ映画] 新座頭市「虹の旅」
・[テレビ映画] 新座頭市「夢の旅」
・「動く彫刻 ジャン・ティンゲリー」
・「アントニー・ガウディー」
・「利休」
・「豪姫」

(管理人個人的の感想だが、創作に対する厳しい目と、大きな情熱を持った人であったと思っている。また、老成せず、最後まで若い情熱を持っていた人と感じている)